読書

加納朋子「虹の家のアリス」(文春文庫)*2

短編ミステリ6編。螺旋階段のアリスの続編。相変わらずアリスネタは浮き気味で、相変わらず二枚目になりきれない仁木が良い味を出している。変わったことといえば、安梨沙がますます敵に回せないキャラクターになってしまって怖い、ということくらいかも。読…

石持浅海「セリヌンティウスの舟」(KAPPA NOVELS)*3

ミステリ長編。テーマは……大人の友情について? 酒を飲みながら淡々と議論するだけのおはなし。オチのベタさはさておき、犯人の特定や真相の究明は「目的」ではなく「手段」にすぎないのだ*1、という設定が割と好き。とはいえ、初めて読む作家だとその作家の…

加納朋子「ささらさや」(幻冬舎文庫)*5

短編連作ミステリ8編。頼りない妻である主人公のピンチに、亡き夫が他人の身体を借りて助けに――というファンタジック*1な設定と、加納作品ならではの優しい謎解きとが絶妙に融合した素敵小説。 ――なのだけれど。この作品のポイントは、幼げな容姿の未亡人で…

宮部みゆき「火車」(新潮文庫)*6

ミステリ長編。実は今回が宮部作品とのファーストコンタクト*1。一読して、雰囲気作りの上手い作家だったんだなー、と唸った。謎解き成分はちょっと物足りなくて探偵役の鈍感さにイライラするし、社会派成分は「借金地獄は普通の人々の問題なのだ」と警鐘を…

鯨統一郎「なみだ特捜班におまかせ!」(NON NOVEL)*8

連作短編ミステリ7編。前作に続いて反則気味の推理模様だけれど、わざとらしいくらいの様式美に則った展開が一種時代劇的で小気味良い。とはいえ、日常系な前作のノリを猟奇殺人状況へ持ち込まれるとかなり苦しいのも確か。迷宮入り事件専門ということで猟奇…

テッド・チャン「あなたの人生の物語」(ハヤカワ文庫SF)*9

短〜中編SF8編。未来系のストーリーとファンタジー系のストーリーが半分ずつ。8編それぞれに独特の空気があって印象深いのだけれど、やはり表題作が凄まじい。異星人とのファーストコンタクトもの――と単純にカテゴライズできない存在感。同じ世界に存在しな…

山田真哉「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」(光文社新書)*3

ベストセラー。会計学読み物。表題の謎は私にとっても積年の疑問だったので、思わず手に取ってしまった。別に「さおだけ屋の謎を追え」が主旨の本という訳ではないけれど、これは現存する日常系ミステリだと思うのでネタバレは止めておく。非常に立ち読み甲…

グレッグ・イーガン「万物理論」(創元SF文庫)*8

長編SF。訳者あとがきに長篇数冊分のアイデアとある通り、序盤から大小のネタ*1が満載の展開。ストーリーを見失いそうになりながらも辛うじて読み進めると、中盤、宇宙消失でも味わったトンデモが炸裂する。以降、理論方面に関しては素直な形而上学を逸脱し…

鯨統一郎「なみだ研究所へようこそ!」(NON NOVEL)*9

連作短編ミステリ8編。伝説のサイコセラピスト探偵が、その神懸った洞察力で奇妙な依頼を次々と解決――と、びっくりするほど謎は恣意的で謎解きは牽強付会、そのうえ描写は御都合主義だけれど、それがなぜか爽快に思えてくる。ときどき作中人物であることに自…

グレッグ・イーガン「宇宙消失」(創元SF文庫)*10

SF長編。2034年、空から星が消えた――壮大なスケールの舞台設定ながら、ストーリーは二流SFっぽいサイバーでハードボイルドな誘拐事件の捜査シーンから始まる。そこから、量子論的観測問題のトンデモへ、そして宇宙と歴史のあり様を根底から揺るがす途方もな…

ポール・J・マコーリイ「4000億の星の群れ」(ハヤカワ文庫SF)*3

SF長編。遠未来の星間戦争を背景に、テレパスである主人公の触れた強大な知性の正体を探る惑星調査行がストーリーの核となる。終盤に明かされる真実のいかにもSFらしいスケールの大きさもさることながら、中盤、奇妙な生態系の中に放り込まれた主人公のサバ…

金田一春彦「日本語 新版」(岩波新書)*7

発音・表記・文法・語彙などの側面から丹念に《日本語》を特徴付けるロングセラー。全く難点がない訳ではないものの*1、諸外国語との比較を交えつつ進む軽めの薀蓄の数々はそういった短所が気にならないほど面白い。方言の話とか、「つまらないものですが」…

灰谷健次郎「少女の器」(新潮文庫)*1

数年ぶりの再読。灰谷健次郎といえば説教臭い作風が有名で、国語の教科書にも載るくらい「正しい」作家。なのに、この作品はどうしたことか! ……萌え小説? ってくらいに主人公の「絣」が*1!! ――「りっぱなパパでも憎むことができるし……」――「駄目なママで…

Andy Riley「THE BOOK OF BUNNY SUICIDES」(A PLUME BOOK)*4

公式サイトに載っているサンプルにときめいてしまったので、続編*1と合わせて衝動買い。キュートなウサギさんが淡々と自害してみせるジョーク絵本――と称してしまうと元も子もないけれど、自傷行為なのにひたすらクリエイティブという逆説的な状況が妙に和み…

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア「たったひとつの冴えたやりかた」(ハヤカワ文庫SF)*7

連作中編SF3編。シチュエーションや挿絵がジュヴナイルっぽいので冒険活劇のつもりで読み始めたものの、3編ともそれを超越したところへ話が進んでいく。予定調和な大団円を愛する読者としては若干がっかり。最終編の「衝突」は異星人との邂逅をテーマにして…

フォルカー・ブルミッヒ*2「テッド・ギャラリー くまの世界美術史」(中公文庫)*3

初めてのテディベア美術解説*1(裏表紙より)――批評不能というか、「すげぇ」の一言。先日のねこの肉球が「猫好きのための本」ならば、これは「熊好き熊のための本」。ミステリなら、きっと「すべてがクマになる」とダイイング・メッセージを残して死んでい…

朔立木「死亡推定時刻」(光文社)*6

個々には忠実な一線級刑事の職務執行から冤罪が生まれるリアルな内幕を描く(カバー折り返しより)――ミステリではないけれど、ものすごくサスペンス。ラストに登場する老弁護士の『禍福はあざなえる縄の如し』という台詞がこの小説を端的に表現していると思…

大槻ケンヂ「くるぐる使い」(角川文庫)*8

短編SF5編+糸井重里との対談。押し入れの奥から出土したので数年ぶりの再読。電波と宗教の入り乱れたヘンテコな世界の醸し出す妙な衝撃は初読の頃のままだった*1。あと、綾辻行人とのファーストコンタクトは水車館の殺人ではなくこの本の解説だったというこ…

ジェフ・ヌーン「未来少女アリス」(ハヤカワ文庫FT)*1

ファンタジー長編。『不思議の国のアリス』完結篇(?)(裏表紙より)と謳っているからには読まざるを得ない――が、少々肩透かし気味。作中に散りばめられたパロディや駄洒落の数々は確かに面白いけれど、話の展開がいちいち理に適いすぎていて、「不思議の…

国際交流基金「おたく:人格=空間=都市」(幻冬舎)*4

巷で噂の愉快なカタログ。付録の冊子本誌の方には割と真面目な評論めいたモノが載っていたりする――と、思わせておいて本文もネタだった。(左より)・キャロル『鏡の国のアリス』のテニエルによるオリジナルの挿絵より・ディズニー映画『不思議の国のアリス…

板東寛司、荒川千尋「ねこの肉球 完全版」(文春文庫PLUS)*6

猫、ネコ、ねこ! 圧巻の肉球写真集から新興宗教・肉球教に至るまで、とにかく肉球尽くしの一冊。ぷにぷに! とことんまでアホなネタのオンパレードでも許しちゃう、だって猫だから! ――「ステキな肉球ですね」と褒めるのもいいでしょう。

光原百合「十八の夏」(双葉文庫)*7

花をモチーフにした短編ミステリ4編。登場人物はいかにも「小説らしい」背景を抱えた老若男女ばかり。柔らかな視点で描かれるストーリーは悲劇でも喜劇でもなく、優しい余韻が心に染みる。ミステリとしても抜かりはなく、種明かしの段になって「ああ、あれが…

エイミー・トムスン「ヴァーチャル・ガール」(ハヤカワ文庫SF)*1

SF長編。AIの禁じられた近未来*1――人格を持つ唯一のアンドロイドであるマギーは、開発者の青年と共に大陸を放浪、様々な出会いを通して成長していく。ピグマリオン‐ガラテアなネタは巷に溢れているけれど、パートナーと決別して気ままな一人旅へ*2、という中…

加納朋子「掌の中の小鳥」(創元推理文庫)*3

連作短編ミステリ5編。ヒロインの名乗るほどの者じゃありませんさんが素敵。遅刻したときに「遅れてごめん」ではなく「待っててくれて、ありがとう」と出てくるのは、それだけで得難い魅力だと思う。

アーサー・C・クラーク「幼年期の終り」(ハヤカワ文庫SF)*6

われわれの星には海がない――SF長編。初出が1950年代だけあって前半は古き良きSFという雰囲気、後半は……トンデモ哲学系? 一読した印象は、巻末の「解説」の中に引用されている書評の言葉を借りるなら素晴らしく、かつ不愉快な。序盤〜中盤は伏線だらけ、終盤…

レベッカ・ブラウン*9「家庭の医学」(朝日新聞社)*10

著者の母親の死を綴ったノンフィクション。ハードカバーの帯*1には「介護文学」とある。情景や心情が細かく描写された本文と、実用書を思わせる簡素な装丁や表題、章題とのギャップが特徴的。語り口は淡々としていて、重いテーマを扱いながらもどこかほのぼ…

しみずみちを、山本まつ子「はじめてのおるすばん」(岩崎書店)*11

シルヴァスタインに引き続き絵本。主人公のみほちゃん*1は確かに可愛らしいものの、この本を就学前の子供が読んで「留守番の心構え」のようなものが育まれるかどうかは甚だ疑問。それよりも「家の中を覗き込む集金オヤジの目玉」が怖すぎてトラウマになる危…

森薫「シャーリー」(BEAM COMIX)*12

「エマ」で有名な著者の短編漫画集。シャーリーたん(13才少女メイド)がキュートだとか、ベネット姉さん(嫁ぎ遅れ)がキュートだとか、色々あるけれど……特筆すべきは爺様(名はまだない*1)! 微妙な貫禄とトボけた態度がダンディズム。 *1:心の中でハンス…

シェル・シルヴァスタイン「ぼくを探しに」(講談社)*16

足りないかけらを探しに行く――絵本。単純な線画が琴線に触れすぎる不朽の名作。童話や絵本は邦訳によって魅力を殺がれてしまうことも多いけれど*1、これは翻訳版の方が柔らかくて好き。倉橋由美子訳。 それはともかく、身体の欠けた主人公がぴったりのパート…

綾辻行人「水車館の殺人」(講談社文庫)*18

ミステリ長編。日頃いわゆる「日常系」ばかり読んでいる身に「新本格」ミステリは割と新鮮な体験。山奥の洋館とか仮面の紳士とか無能な警察とか幽閉の令嬢とか、お約束だろうが面白いモノは面白いのだ。伏線やトリックが分かりやすく提示されているので初心…