Yahoo! JAPAN文学賞

結果が出てから半年以上経過している話題ですが、公開されている5作を読んでみたので(勘違いを恐れず)感想を書きます。感想本文はオリ3より若干厳しめに。参考採点はオリ3と同じ基準で。

アシタ(読者投票賞)

この字数で3つの視点を並行させて、それを「詰め込まれた」と思わせない密度で書いてあるのは絶妙なバランス感覚なのかもしれません。適度に謎めいていて適度に分かりやすくて適度にあざとくて、読者の票を集める理由も分かります。
ただ、どうでしょう、こう評してしまうと後でまた「曖昧な印象だけでケチを付けてしまった」と反省することになるような気もするのですが、いかにも「若い人が書きたがる要素の集合」という印象が拭えません。淡々とストーリーを紡いでいく一方で、登場人物たちが誰も彼も特殊な背景を持っているのです。この作品を「文学」として成立させるためには、キャラクターたちを「普通」の人間として創造する必要があったはず。少なくとも建前の上では。たとえ、現実に生きる人々が(突き詰めれば)例外なく個性の塊なのだとしても。現状、人物たちの特殊性を際立たせる方向へばかり筆が割かれていて、当然存在すべき彼らの一般性が蔑ろにされているように思えます。7点。

キヨコの成分(石田衣良賞)

感想がまとまらないので、後で書きます。何はともあれ素敵な作品でした。9点。

夢の演出家

設定が秀逸。夢の中に――というのも変でしょうか、とにかく、ひとりひとりの人間に対して、それぞれの夢をプロデュースする「ひとびと」が寄生している、というアイデア。お約束通りのラストにはインパクトこそ不足しているものの、物語を柔らかく着地させていて読後感が爽やかです。また、非常に読みやすく、真っ直ぐにテーマと向き合っていて好感が持てます。
悪い点を挙げるなら、人物の作り込みの投げ遣り感でしょうか。ラノベではないので萌えを駆使する必要はないのですが、主人公の人となりの描写に割かれる行数が少なすぎます。かといって「夢の演出家」たちが魅力的かというと、何人もの人物が登場する割にみんな記号未満の人格。オヤジ(チーフ)はちょっと素敵ですが、面白いのは彼だけ。全体的に「ストーリーの都合で動かされている感」が強い。ランドセルの幼女とかイケメン高校生とか無駄な設定を吐き出す余裕があるなら、むしろ主要人物を絞ってきちんと書き込むべきです。彼らは主人公の一種の分身ということで、切り売りされた人格の単純を演出したかったのかもしれませんが。だとしてもそれは失敗していると言わざるを得えません。
あと、瑣末な部分。基本的なストーリー運びと、それから文章そのものが若干拙く思えます。そのうえ地の文やセリフに魅力があるともいえず、作品としての完成度が高いとはお世辞にも言えません*1。9点。

トマト

まず、タイトルと冒頭が良い。惹き込まれます。文体は若干混み合っていますが、これもひとつの「味」でしょう。文字の詰まった文章でストーリーを進めて、ラスト1ページでセリフ主体の書き方に落ち着く。この緩み方のおかげで、作品の印象は穏やかで前向きになります。主人公の思考は特に目新しいものではないとはいえ共感を誘う部分も多いし、祖父やバーテンダーなどの端役にもそれぞれちょっとした見所があって心憎いばかりです。
ただ、ラストの「種明かし」のような一文は安直。この設定をもっと生かせれば――というより、この設定自体を削ってしまって構わないと思います。選考委員の石田衣良着想としておもしろいと評しているようですが、本気の発言なのでしょうか。着想として面白いのはトマトと祖父のエピソードの方で、ラストに明言される設定はせっかくの静かな物語を強引に覆い尽くしてしまう欠点だという印象しか持てないのですが。何というか、ところどころの伏線めいた描写に危うさを感じて「このオチだけは勘弁」と念じながら読み進めていたのに、最後の最後で結局そのオチを繰り出されて「あーあ」という……
それから、蛇足。野菜の「クセ」を「クセ」の一言で片付けずにどんな「クセ」なのかを文学的に書き込んでくれればもっと素敵でした。私の読み取る限りですが、この「クセ」は物語の核のひとつでしょう。「野菜のニセモノ」云々というくだりで済ませてしまうのは手抜きにすぎます。6点*2

バイバイ、かまどうま

うーん、テーマ「あした」の文学賞に一人称「あたし」で乗り込むのは確信犯でしょうか。本来の意味でも、誤用の方の意味でも。読んでいて嫌な気分になる小説にはあまり耐性がないので、この手の登場人物とストーリー展開は苦手です。また、中盤、主人公のキャラクターが急に浅く感じられる箇所があります――すぐに持ち直すので、気になるほどではないのですが。
とはいえ、良く分かっているようで何も分かっていなかった「おっさん」、彼を知るため慣れない旅に出る主人公、というシチュエーションは非常にストレートでOK。読後感が爽やか、好感度も高めです。
で、例によって蛇足。個人的な趣味で考えるなら、ラストの「かまどうま」はあんなことになってほしくありませんでした。もっとそっとしておいてほしかった。物語の終わりへ向けて勢いを付ける必要があるのは理解できるのですが……。8点。

総評

全体として、これは断言して良いと思うのですが、ノミネート作品の傾向は極めて偏っていました。恐らく世相の反映でもあるのでしょう。しかし、悪い意味での反映だと私は思います。何が言いたいかというと、古今東西創作の三大テーマは「生」と「死」そして「恋」である、ということです。そこで、ノミネートした5作すべてが「死」を扱い、またストーリーを進めるための主要なエンジンが「死」だったことをどう見れば良いのだろう、ということです。「恋」は「死」と絡んだ形でしか登場せず、「生」に至ってはまったく描かれていません*3
もちろん「生」は残り2つのテーマと比較すれば元来影の薄いものですが――そして、恐らくは最も文学として成立させ難いものですが――思い出して下さい、この文学賞のテーマは「あした」なのです。テーマをストレートに表現しようとするなら「生」に照準を合わせて然るべきなのではないでしょうか。「生」を描く佳作が投稿されなかったというのなら、私は素人創作の趨勢を嘆きます。投稿されたのに選ばれなかったというのなら、選考委員の見識を疑います。
――や、もちろん、個々の作品は最終選考にノミネートしただけあって気の利いたものばかりでした。たとえ「死」に主眼を置いていても無闇に陰気臭い訳ではなく、「あした」というテーマの通り前向きな姿勢を感じさせる物語たちだったと思います。

*1:ただ、そうした単純な推敲に関する部分はプロの作家なら編集者との相談で何とかしそうな要素でもあるし、その点、こんぺ界隈が気にしすぎているだけかも。

*2:ラストがなければ9点以上。

*3:胎児の登場をもって「生」とするなら、一作該当するけれど。