総武線(普通)と午前8時の百鬼夜行
何だかリーマンさん*1に先を越されてしまった上にクオリティでも越されてしまったのだけれど、書きたいので書く。オリ3の26、通称「ボクたれ。」のことだ。この作品には思わず8点を献上してしまったということをあらかじめ断っておく。ベスト10に入るだろうと予想して外したことも断っておく。
さて、この作品における「総武線」の意義は多岐に渡る。さりとて利用者以外には分かり難い点もあるだろうから、逐一解説しよう。私個人の話をすれば、総武線など月に数回乗れば多い方とはいえ、総武線と聞いてイメージが湧くくらいには乗っている。江戸川の花火大会にも行ったことがあるくらいだ。充分に解説の資格があると思う*2。
- 総武線→中央線……作中に登場するのは小岩を通る
朝の通勤電車
だ。仮に中野行き(普通)としておこう*3。秋葉原より先は中央線となるが、周知の通り中央線は死色の濃い路線である。しかし、作中では最後まで中央線には到達しない。「私」は死のうと思い立ち、電車に乗った
にも関わらず、死の象徴である中央線に至らず、モラトリアムとしての総武線内を彷徨い続けるのである。 - 分かたれた……作中、
橋にかかった際、あちらの路線だけゆっくりと沈んでいった
として「私」の乗る普通列車が快速列車と進路を分かつシーンがある。これは文字通り快速列車が沈んでいったことを示しているのか*4、あるいは普通列車が遂に幻の世界へ入り込み空中へ浮かんでいったことを暗示しているのか、その点は曖昧である。後者の場合、「私」の乗った列車はまったく幻の第三の路線であり、分かたれた相手が普通列車だという可能性もある。 - 秋葉原……前掲の路線は秋葉原を経由する。総武線こそローカルな路線ではあるが、オリ3の参加者たちの多くにとって秋葉原は極めて馴染み深い土地だと考えられる。上項とも関連するが、
ナザレの子
の乗車駅がまさしく《聖地》秋葉原であった可能性に留意せよ。 - アンドロギュヌス……純粋な総武線というものは存在しない。快速列車は横須賀線直通であり、普通列車は中央線直通だ。すなわち、アンドロギュヌスである。
- 川……ここが最も重要な点だ。総武線は、中央線に達するまでに江戸川、荒川、旧中川、隅田川を次々と渡っていく。作中では明確に示されていないが、川を渡るたびに「私」が異界へ入り込んでいった、というプロセスは想像に難くない。なぜなら、長い橋を渡る際、乗客はあたかも列車が飛行しているかのような感覚に陥るからである。
- 光線……川という点で考えれば京浜東北線も候補になり得るが、陽光の向きがいけない。朝の通勤時間帯において仮に乗客が少なかったとすると*5、東→西あるいは北東→南西へ進む車内は淡い暖色に染まる。メルヘン総武線は暖色のライティングである。一方、北→南あるいは北西→南東へ進む京浜東北線の車内は青白く、百鬼夜行やジーザス光臨における微妙なノスタルジーを台無しにしてしまう。
- 山手線ではいけないのか……山手線では、「私」は単に居眠りして1周してしまっただけの間抜けである。
- 京葉線ではいけないのか……京葉線では海が近すぎる。川を渡るというより海辺を走っているようなものだ。それに、夢の国も近すぎる。
以上のように、この作品は注意深い取捨選択と緻密な演出、絶妙なビジュアルセンスとバランス感覚を兼ね備えた佳作であったと言えよう。
や、ホント、何も考えなくても面白いイメージのおはなしだと思ったんだけどなぁ……みんな、頭が良すぎるんだ。考えすぎなんだよなー。「どう?」「超気持ちいい」
――これで良いじゃない。